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コラム「酒と肴と 愛しのモノと」はじめました。

はじめまして めぐみと申します。
今月の5日が引き渡し、できたてほやほやの新居に住み始めてまだ1週間と経っておらず、
荷物を整理しながら 愛しの我が家で眠れる幸せを 毎晩かみしめております。


ご縁あり 暮らしに関するコラムを書く機会をいただきました。
つたない文章で恐縮ですが 3人の子供たちのこと、家業である酒屋のこと、暮らしの楽しみなど、これからぽちぽちと綴らせて頂きます。
どうぞ宜しくお願いいたします。

酒屋のお嫁さんとして12年目です。

8つ歳上、性格真逆の夫と出会い 結婚を決めたのが12年前。
夫の家はお酒屋さんで、ちょうどその頃 店舗をリニューアルする事が決まっていました。
時期同じくして私の妊娠が発覚。色々な 初めて が重なった年でした。
店の2階は当初、「お客様とお酒が飲めるスペース」という趣旨で設計されていましたが、
タイミング良く?結婚することになった私たち家族がそこに住まう運びとなり、生まれてくる子と親子3人で1LDK暮らしが始まったのです。

同じ敷地内に両親の住まいがあり、子育てをしながら 日中はそこで家族の食事の世話をするのが私の仕事でした。
3世代の食事は好みがバラバラ。最初は苦労しました。
が、

元来食べること 作ることの好きな私には それが本当に勉強になったし、
山育ちの父から教わる山菜、若い頃から作り続けてきた母のレシピをあれこれ覚え、
それは細胞が生まれ変わるような 充実した日々でした。

きっかけ 家族に対して家が狭すぎる。

しかし、 数年ごとに子供が増え 3人目の長男が産まれると 様子は一変。

もともと住居用ではなかった1LDKの箱に対して5人分の物量と人数が完全にキャパオーバー。居住スペースより 家具 収納スペースが大きい。
そして、家と母屋の往復。

暮らしの拠点が分かれれば、家族ぶんのモノも分散します。

どっちつかずの落ち着かない生活に加えて、当時 大殺界真っ只中だった暗い気持ちも手伝い、
3人の子供と忙しない日々を過ごしながら、夫にも「今の住まいはとても健全な暮らしとは言えないよね」と愚痴をこぼす毎日。

実は夫は若い頃 店のすぐ近くに土地を買っていました。
その土地ローンが終わるまでは まだ数年ありましたが、前述のような不便さから、日に日に「家を建てたい」という気持ちが高まりまってきていました。
「ローンが終わったら、家が建てられる!」
毎日がカウントダウンです (笑)
子供を寝かしつけたあと住宅雑誌を読みまくり、まだ見ぬ我が家をイメトレするのが私の最高の癒しの時間となりました。

暑い寒いで困らない、が夫婦で決めた家づくりの絶対条件

(↑まえのおうちのリビングようす。)

さて、理想の家について夫と話し合うとき、必ず持ち上がる絶対条件。
それは、暑い寒いで困らない、ということ。
私たちの住まいは、店舗の2階という性質上、

あるいは 人が住む という設定になっていなかったことで、様々な不備がありました。

まず リビングに西向きの巨大な窓。外観上、窓をつけられる場所がそこしかなかったのだと思われますが、真夏の西日は容赦なく部屋に照りつけ 遮熱カーテンもクーラーも効果なし。子供たちには氷枕を抱かせて眠りました。
寝室に1つだけあったのが天窓で、これは夏場 朝4時には空が白み、そのうち燦々と目のくらむような朝日が‥‥(笑)
心地よい目覚めなんかではありません。
家に居ながら、日焼けで顔が黒いなんて!

冬場は雪で開けられない上に 物凄い結露、天井だから掃除も容易ではなく、換気も良くないからか 長男は今もばっちり喘息もちです。

また両親の住んでいる母屋は、1度リフォームが為されていたものの、床暖房は温まるまで30分以上かかり、エアコンの暖気も建具の隙間からスゥスゥと逃げ、真冬の廊下は氷のようで、人が通る度にひゃっ!とか う〜っ!とか悲鳴が 笑。

そここから始まった家づくり

いよいよ本当にローンを払い上げ ようやく私たちの家づくりのパートナー探しが始まった時、
この住み心地に関するトラウマレベルの経験は依頼先を選定する大きな判断基準になりました。

そして私にはもう1つ、性能面だけでなくデザイン的に「シンプルで洗練された 美しい家をつくりたい!」という これまた大きな想いが‥‥

結果 なぜオガスタさんを選択したのか?
続きは また次回♡