森のような扉
向陽の家B「母を囲む家」で、床の間の壁を一面だけ違う仕上げにする「小さな調整」を行いましたが、建具でも同じように小さな調整を行いました。工事の真っただ中ではありましたが、お施主さんから、仏壇を納める収納に扉をつけたいとのご希望を受けました。はてさて、仏壇のための扉とは、一体全体どのような扉にしたらよいのだろうかと。締め切り直前に切羽詰まってポンっと出てきた扉です。
この扉は一枚の板ではなく、いくつもの木の断片が集まってできています。木はそれぞれ育った土地も違いますし、木目や香りも違います。それらが寄り集まり、扉の背後に、森のようなたくさんの命の連関が感じられたらなと考えました。森には動物、虫、植物といった多様な命があり、連関しています。それぞれ木の材は違っていても、こうして一つの扉として並ぶことで、家族や先祖の多様な生の重なりが感じられるのではと考えました。仏壇の扉を開けて手を合わせるときに、このような家族の歴史や時間の積み重ねを静かに感じていただけたらなと。そんな思いを込めた扉です。
暮らしの機能だけ見れば、他の家具の扉や引き戸と同じように作っても困らないのでしょうが、そうはしませんでした。19世紀のイギリスで、ウィリアム・モリスは、日々の暮らしの中で人の手に触れるものが、静かに尊厳を持つことを大切にしました。
とはいえ、この家では、生活の延長線上にたまたま仏壇があり、暮らしの中に自然と置かれた仏壇です。その状況を受け止めるための扉です。この扉が何かを語りすぎる必要はないのだと思います。仏壇の前で手を合わせるとき、人は必ずしも言葉を必要としていません。ただ、開ける。ただ、触れる。そのときに、少しだけ違う感じがする。この扉がしているのは、たぶんそれくらいのことであり、それで十分なのではないか、と今は思っています。



