OWNERS COLUMN & INTERVIEW

オーナーズコラム&インタビュー

vol.2 移住1ヶ月で心が折れた話

ドキドキワクワクしながら始まった私の新潟生活。
あんなに楽しみにしていたのに、あんなにも望んでいたはずなのに…
引っ越してきて1ヶ月で、私は「仙台に帰りたい」と泣いていました。(早い。早すぎる。)

地平線があって、海も山もある。
ご飯は美味しいし、独自の文化がちゃんと暮らしに溶け込んでいて、「なんでこの店、こんなところに?」みたいな良店が、当たり前の顔で存在している。客観的に見れば、良いところは山ほどあります。

それでも当時の私には、どうしても乗り越えられない壁が3つありました。
今回は、新潟移住直後にぶち当たった「絶望」について書こうと思います。

絶望①:毎日、空が鉛色

前回のコラムで、初めて新潟を訪れたときのことをこう書きました。

びっくりするほどの快晴。
青空の下、田んぼ道を車で走りながら
「トトロが出てきそう!素敵!」と思った。

そう、私は新潟の青空と豊かな自然に、まんまと惚れ込んだのです。

vol.1 ノリと勢いで生きてきた私が、新潟で暮らすまで

 

ところが、実際に暮らしてみると。
毎日、曇り。もしくは雨。
太平洋側・仙台生まれ仙台育ちの私は、日本海側の天気を完全にナメていました。

移住前に夫から
「新潟は天気悪いよ」
とは聞いていました。でも私はこう思っていたのです。

「まあ、チャリ生活じゃないし。車だし。」
(ちなみに仙台・東京ではチャリ生活だった)

…いや、そういう問題じゃなかった。

鉛色の空は、想像以上のスピードで私のメンタルを削ってきました。
毎朝カーテンを開けるたび、脳内に浮かぶ同じ言葉。

「仙台に帰りたい……」

▲新潟の鉛色の空

絶望②:友達がいない

これも、なかなかにヘビーでした。

新潟で知っている人は、夫だけ。
友達、ゼロ。

当時の私の友達といえば、サブスクで観ていた海外ドラマの登場人物たち。

仙台や東京の友達と電話したり、LINEしたりはしていました。
それでも、どうしても拭えない孤独感。

しかも夫は毎日帰りが遅い。
夜、一人で夕飯を食べながら、私はまた思うのです。

「仙台に帰りたい……」

▲仙台の友達が「新潟いってらっしゃい会」を開いてくれた時のケーキ。涙

絶望③:新潟、長すぎ問題

これは完全に盲点でした。

新潟って、なんであんなに長いんですか?
少し前に「新潟県と九州がほぼ同じ長さ」って話、バズってましたよね。あれ、本当でした。

当時住んでいたアパートの場所の影響もありますが、
どこに行くにも車が必須。

「ちょっと美術館でも行こうかな」
→ 車で1時間半。

「ちょっと大きめの公園でピクニックでも」
→ 車で1時間。

“ちょっと”の概念が、ことごとく破壊されていく。

エンジンをかけるたび、心の中でつぶやく私。

「仙台に帰りたい……」

 

そして現在

あれほど絶望していた私ですが、今はどうかというと。

天気?慣れます。
むしろ、晴れた日はそれだけでご褒美。

新潟の長さ?慣れます。
むしろ、楽しめます。
もしこの先、
謎の感染症が再流行して県外移動が全面禁止になったり、「一生新潟から出てはいけません」みたいな謎の条約ができたとしても、たぶん結構楽しめると思います。
長いから。

そして友達ですが——
ちゃんと、できました。

それも、大人になってからできる友達。
これはもう、想像以上に最強です。

▲今は友達にも恵まれ、こんなにご機嫌に暮らしています

 

次回以降、
・新潟の「長さ」がなんで楽しいのか
・友達をどうやって作ったのか

このあたりも、ゆっくり書いていこうと思います。

そして、新潟の地で家を建てたことで、この絶望要素がどんどん解消されていきました。
そんな話も、これからこのコラムで書いていけたらと思います。

 

ウメ

ウメ

宮城県から新潟へ移住。夫婦・娘2人(6歳と3歳)の4人家族です。 縁もゆかりもなかった新潟県に移住した、私たちの移住物語を綴ります。 約200坪の敷地に三角屋根の家。広い庭と外遊びを楽しむ暮らし。

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