オガスタのコラムなのに、「いつになったら家を建てる話するの?」と思っている方も、そろそろ出てきた頃でしょうか。
お待たせしました。
今回は、ようやく家を建てる話をしようと思います。(第4回にして、やっとです。遅)
とはいえ、移住した当初の私は、正直なところ「家を建てる」という夢はまったく持っていませんでした。
というのも、私の仙台の実家はマンション。
一方、祖父母の家はというと、これでもかというほど大きな一軒家。
掃除は果てしなく、冬は底冷え、夏は蒸し風呂。
子どもながらに
「これは……維持するの、しんどそうだな?」
と感じていたのを、今でもよく覚えています。
その点マンションは、コンパクトで管理も楽そうだし、いざとなれば売りやすい。
「合理的で、身軽で、最高じゃないか」
そんな価値観で生きてきました。
持ち家=重たい、という偏見を、しっかり抱えながら。
そんな私の価値観を、きれいさっぱり裏切ってきたのが、前回のコラムにも登場した友人宅「柳沢の山荘」です。
施工事例を見ていただくと分かるのですが、とんでもなく広い土地に建っているにもかかわらず、家そのものは、驚くほどコンパクト。
「え、家って…これでいいの?」
いや、むしろ「これがいいのでは?」
と、自分の中の“家はこうあるべき”という思い込みが、静かにざわつき始めました。
そしてここで初めて、家を建てるということは見た目の立派さや広さを追い求めることではなく、
自分たちの暮らしに合った「器」をつくることなんだ
という事実に、遅ればせながら気づかされたのです。
それまでは、家に自分たちが合わせるものだと思っていました。
でも、どうやら順番が逆だったみたいです。
▲友人宅「柳沢の山荘」でいつも料理を楽しんでいます
土地勘ゼロ、知識ゼロ。移住者の土地探し
「よし、家を建てよう!」
……となったはいいものの、すぐにぶつかったのが、
「で、どこに?」問題。
当時住んでいたのが同じ見附市だったので、とりあえず「見附市」という大枠だけは決定。
でも、見附市のどのエリアがいいのかは、まったくわからない。
なにせ移住者。土地勘ゼロ。地名、ほぼ暗号。
普通なら、ここで不動産屋に行くところですが、当時の私は、なぜか違いました。
私が最初に向かったのは、
不動産屋でもなく、モデルハウスでもなく、市役所。
窓口で出てきた言葉は、
「見附市のこと、教えてください!」
…今思うと、説明する側が一番困るやつです。
市役所の方も、最初は
「え、どこから説明しましょうか……?」
という顔をしていましたが、そこはさすが市役所。
とても丁寧に対応してくださいました。
それぞれの町の特徴や歴史。
暮らしやすさの違い。
そして当時、1人目を妊娠中だった私のために、保育園や学校の場所、エリアごとの雰囲気まで。
今思えば、あれは土地探しというより、
「この町で、これからどう生きていくのか」を考える時間だったなと思います。
おかげで、「なんとなく」ではなく、「ここなら暮らせそう」という感覚が、
少しずつ輪郭を持ち始めました。
その話をしっかり持ち帰り、エリアを絞ってから、ようやく不動産屋へ。
こうして我が家の土地探しは、かなり変則的なスタートを切ったのでした。
一周回ってたどり着いたのが、オガスタだった
土地探しと同時進行で動いていたのが、「工務店探し」。
県内の気になる工務店には一通り資料請求をし、SNSで注目していた県外の工務店の資料までも取り寄せ、見学や相談に行きました。
結果、友人宅に何度も泊まりに行き、暮らしやすさをしっかり体感していた安心材料満点のオガスタで建てることになります。
こうして、暮らしにぴったりの家ができた
そして、出来上がった家がこちら。

・料理が大好きな私のための、オープンキッチン
・夫の大量のキャンプ道具が収まる、小屋
・私たち夫婦は1階だけで生活できる間取り(2階は、子ども部屋のみ)
・町なかだけど、広い庭
・広い駐車場(最大7台駐車可能)

これぞ、自分たちの暮らしにぴったり合った「器」。
他人から見たら、ちょっと変な家かもしれません。
でも、今の私たちには、これがいちばんしっくりきています。
とはいえ。
家を建てたからといって、すべてが自動的にうまくいくわけではありません。
ずっと心のどこかで気になっていた問題が、もうひとつ。
ご近所さんと、どうやって付き合っていく?
おそらく、一生住むことになる町。
次回以降、この辺りの話も書こうと思います。


