移住してみて、いちばん大きかった学びは、
「頼る」ことが、こんなにも暮らしを楽にしてくれるということでした。
でも、最初からうまくできたわけではありません。
家を建てると決めたとき、やっぱり気になったのは「ご近所さんとの距離感」。
仙台や東京で一人暮らしをしていた頃は、お隣さんが誰かも知らないまま暮らしていました。(今思うと、防犯的にもメンタル的にもわりとスリル満点)
アパート時代も、お隣さんと会えば挨拶をするくらい。
生活が交わることは、ほとんどありませんでした。
でも実は、ちょっとした憧れがあったんです。
「おかず、作りすぎちゃったからどうぞ」とか、
「夏野菜、いっぱい採れたから」とか。
ああいうの、ドラマの中だけの話じゃないの?
本当に存在するの?
都市伝説なの?
そんなことを、引っ越す前は本気で考えていました。
一緒にキムチ作りませんか?(唐突)
いざその立場になると、距離感がとにかく難しい。
踏み込みすぎてもいけないし、遠慮しすぎても始まらない。
人付き合い、むずかしすぎる。
お隣さんと仲良くなれたらいいな。
できることなら、助け合って暮らせたらいいな。
そう思っているうちに、気持ちが先に走りました。
もう、エイヤーです。
「一緒にキムチ作りませんか?」
引っ越してきて、いきなりキムチ。
冷静に考えると、距離の詰め方としてはまあまあ狂ってます。
その流れで、助け合えるご近所関係に憧れていることも、不安なことも、わりと全部そのまま話してしまいました。
今思えば、重い。初手で重い。
するとお隣さんが、少し笑いながら言いました。
「え、私もまったく同じこと考えてました」
え、そんなことある?
その瞬間、肩の力が一気に抜けました。
人付き合いって、案外“両思い”から始まるのかもしれません。
「助け合って生きていこうね」と言い合いながら、
私たちはひっそりと“ご近所協定”を締結。
出来立てのキムチで作ったポッサムを食べながら。
発酵と一緒に、関係もじわじわ始まった気がしています。

ご近所付き合いは、まずは配ってみる
お隣さんだけじゃなく、
周辺のご近所さんにも、何かあったらピンポンしています。
庭のミモザやスモークツリーがたくさん咲いたら、
ちょっとしたブーケにしてプレゼントしてみたり。
キムチを配ったり。(またキムチ)

そんなふうにちょこちょこ顔を出しているうちに、
今度はピンポーンと、向こうから来てくれるようになりました。
庭で採れた野菜をくれたり、(これ、ずっと憧れてたやつ!実在した!)
旅行のお土産をいただいたり、
子どもたちにクリスマスプレゼントを用意してくれたり、
宿根草の株分けを分けてくれたり。
時には、
「スマホの使い方、ちょっと教えて〜」なんてことも。
気づけば、頼られることも増えていました。
これが、いちばん嬉しかったりします。
▲ご近所さんの畑におじゃまして、野菜とお花をいただいてきました
▲いただいた株分。家に帰ってくると玄関先に置いてあることも…
“もしも”の時に、支えてくれる人たち
私たち夫婦は、縁もゆかりもない土地にIターンで移住しました。
両親も親戚も近くにはいません。
だからこそ、近くに「声をかけられる人」がいることの心強さを、何度も感じています。
二人目を出産してすぐ、夫が長期出張で不在だった時期がありました。
そんな中、私がコロナに感染。
私は意識朦朧のまま次女の授乳をするので精一杯。
長女は「お母さん起きてよ〜!お父さん、早く帰ってきてよ〜!」と泣き叫ぶ。
次女はただただ泣く。
私も泣く。
三人で泣きながら、なんとか朝を迎えました。
正直、あまり記憶がありません。
▲イメージ。部屋は散らかり放題で2人ともずっと泣き叫んでた。
そのとき助けてくれたのも、近所の友達たちでした。
時間割のように交代で来てくれて、
子どもたちにご飯を食べさせてくれたり、
お風呂に入れてくれたり。
今思い出しても、胸がいっぱいになります。
……もれなく全員にコロナを移してしまいましたが。
(今ではみんな笑い話にしてくれています。本当にありがとう)
こんなふうに、私の移住生活は、ご近所の皆さんに支えられて成り立っています。
この土地に来て手に入れたのは、家や庭だけじゃありません。
頼り、頼られ、声をかけ合える関係。
たぶんこれが、この土地に来ていちばん良かったことです。
次回はキャンプの話でもしてみようかと思っています。
たぶんこの暮らし、キャンプとけっこう似てるんですよね。

