伊礼智さんに設計を依頼して分かったこと
「妥協のない住宅」
伊礼智さんは、長年にわたり住宅専門の建築家として活躍し、一般の家づくり層からも、住宅業界のプロからも支持されている存在です。
私がオーガニックスタジオ新潟を創業した20年ほど前には、すでに住宅作家として大きな存在感がありました。
ただし、当時の私が抱いていた印象は、現在とは少し違います。
東京の20坪にも満たない狭小地で、限られた面積を巧みに使い、窮屈さを感じさせない住宅をつくる。「小さくても豊かに暮らす」という言葉が、これほど似合う建築家はいない。そんな「小さな住宅の名手」として注目していました。

その後、日本エコハウス大賞の審査員をされていたご縁から、私も交流させていただくようになりました。オガスタのYouTubeでも、何度か対談を収録しています。
10年ほど前、一般ユーザーを対象にした「好きな建築家」のアンケートでも、伊礼さんはトップだったと記憶しています。近年、私がXで行ったアンケートでも、やはり人気はナンバーワンでした。
住宅建築家として、これほど長く支持され続けるのは、かなり稀有なことだと思います。

日本の工務店住宅を変えた建築家
伊礼さんの功績は、自ら優れた住宅を設計してきたことだけではありません。
窓の取り方、天井の高さ、階段の寸法、建具の納まり、家具と空間の関係。これまで建築家個人の感覚や経験に頼りがちだった設計の知恵を、具体的な寸法や「設計作法」として整理し、本や講演、図面集、設計スクールを通して公開してきました。
さらに、i-works projectでは、優れた住宅設計を地域工務店が再現できるように標準化しています。建築家の住宅を特別な一品物で終わらせず、全国の工務店住宅の質を底上げする仕組みにしたのです。
性能、意匠、施工性、素材、庭、家具までを一つのものとして考える。現在、全国の優良工務店に広がっている家づくりには、伊礼さんの影響が色濃く見られます。
伊礼さんは「良い住宅を設計する人」であると同時に、「良い住宅のつくり方を業界に広めた人」でもあります。
お客様のひと言から始まったプロジェクト
あるとき、お客様と家づくりについて話していると、その方が伊礼さんの大ファンであることが分かりました。
著書を5冊も読み込み、設計の考え方までよく理解されています。そして、こんな質問を受けました。
「伊礼さんのテイストで、オガスタの設計スタッフに設計してもらうことはできますか?」
伊礼さんの設計から学び、その考え方をオガスタの住宅に取り入れることはできます。しかし、伊礼さん本人が設計する住宅と、まったく同じものができるとは言えません。
その方は、家づくりに対する理解も深く、相応の準備もされていました。そこで私は提案しました。
「どうせなら、駄目で元々で、伊礼さん本人に設計をお願いできるか聞いてみましょうか?」
伊礼さんほど人気の住宅作家なら、依頼しても着手まで2年待ちというイメージがありました。
ところが連絡してみると、たまたま仕事の切れ目で、すぐに着手できるとのこと。
非常に幸運なタイミングで、伊礼智設計室に住宅の設計を依頼し、オガスタが施工を担当するプロジェクトが始まりました。
最初の打ち合わせは「お見合い」だった
伊礼さんは、自ら住宅を設計する一方で、設計スクールや大学での教育、設計審査、講演、取材など、さまざまな活動をされています。
特に住宅デザイン学校では、地域工務店の設計者や若い建築家に対して、敷地の読み方やプランニングを実践的に指導しています。多忙ななか、自ら手がける住宅は年間4~5棟ほどだそうです。
今回の計画は建て替えだったため、最初の打ち合わせは、お客様がまだ暮らしている既存のご自宅で始まりました。
興味深かったのは、いきなり部屋数や間取りの希望を聞かなかったことです。
建築の四方山話を交えながら、どのような暮らしを大切にしているのか。どんな空間に心地よさを感じるのか。伊礼さんの設計に、何を期待しているのか。
それらを丁寧に確かめていきました。
住宅のヒアリングというより、最初はまさに「お見合い」です。
設計者と住まい手の価値観が合わなければ、最後まで一貫した住宅にはならない。要望を聞く前に、目指す住宅の方向をお互いに確かめていたのでしょう。
もちろん、現実的な建築条件についても率直な説明がありました。最初から、自分が責任を持ってつくれる水準を曖昧にしない。その姿勢にも、伊礼さんの住宅づくりに対する覚悟を感じました。
見せるためではなく、暮らすための住宅
伊礼さんの住宅は、ぱっと見て分かるような「豪邸」ではありません。
巨大な吹き抜けをつくり、石張りの壁を間接照明で照らす。広さや素材の希少性を誇示し、「高そうに見せる」方向とは正反対です。
使われる木材は、ヒノキ、カラマツ、シナなど、比較的明るく、軽やかな表情を持つものが中心です。
空間も、ただ広く高くするのではありません。
天井を低く抑えた落ち着く場所があり、必要なところで視線が遠くへ抜ける。窓辺には腰を下ろせる場所があり、家具が空間の一部として自然に納まっている。
すべてが人間の身体感覚に近いのです。
威張ったところがない。
来客に驚いてもらうための住宅ではなく、そこに住む人が、毎日穏やかに暮らすための住宅です。
伊礼さんの住宅が多くの人に支持される理由は、写真映えだけではありません。人が落ち着く寸法や、光の入り方、外との距離感を、非常に細やかに整えているからだと思います。
実施設計を終えて見えてきたもの
打ち合わせが進み、実際に施工できる段階まで図面が完成したとき、伊礼さんの住宅の本質が、ようやく見えてきました。
ひと言で表現すれば、「妥協がない」のです。
一般的な住宅設計では、力を入れる場所と簡略化する場所を分けます。
リビングは丁寧につくるけれど、収納の内部は一般的な仕様にする。人目につくところには造作建具を使い、裏側には安いフラッシュ戸を使う。室内はきれいに整えるけれど、ガレージや設備まわりまでは追求しない。
こうした「メリハリ」は限られた条件のなかで家を成立させるには、必要な判断です。私たちも、普段はそうして全体のバランスを整えています。
ところが、伊礼さんの設計には、その濃淡がほとんどありません。
収納の中であろうが、外部のガレージであろうが、住宅の端から端まで同じ密度で考えられている。
照明器具、造作家具、建具、窓枠、木部の納まり。目につきやすい場所だけでなく、普段は意識しない部分まで、すべてに設計者の目が届いています。
室内だけでなく、外壁にも左官仕上げを用いる。キッチンや浴室も空間に合わせてつくり、家具も建築と切り離して考えない。
高価なものを集めているというより、「ここは見えないから、この程度でいい」という判断をしないのです。それが、完成した住宅の静かな統一感につながるのでしょう。

注意:図面はAiでいじってます。
小さな妥協は、少しずつ住宅の質を変える
建物は建物、庭は庭、家具は家具、照明は照明。それぞれが別々に選ばれ、部分ごとには悪くないのに、全体として落ち着かない住宅になってしまう。
伊礼さんは、この小さな妥協を許さない。
建物だけで完結させず、庭を含む外構計画から、室内に置く家具や照明まで、一つの住環境として整えます。
「設計を引き受ける条件として、造園から置く家具まで、私が提案させてもらうのが条件です。」
最初のお見合いでそのように宣言されました。これは我々にはなかなか言えないセリフです。
豪華さではなく、完成度を求める
このプロジェクトを経験して、私の伊礼さんに対する認識は変わりました。
以前は「小さな住宅の名手」だと思っていました。
もちろん、それは間違いではありません。しかし、その本質は、単に限られた面積を上手に使うことではなかった。
小さい家でも、大きい家でも、目立つ場所でも、見えない場所でも、設計の質を落とさない。建物、庭、家具、照明を分断せず、暮らしの場として最後まで整え切る。
その徹底した姿勢こそが、伊礼智という建築家のプライドなのだと思います。
当然、一般的な住宅よりも多くの手間がかかります。設計者だけでなく、施工者や職人にも高い精度が求められます。最初に提示された建築費を聞いたとき、正直にいえば「ずいぶん高いな」と感じました。
しかし、図面を読み込み、実際につくる内容を理解した現在は、感想が変わっています。
豪華だから高いのではない。
目立つものにお金をかけているのでもない。
住宅のどこにも質の低い部分をつくらず、全体を一つの世界として完成させようとするから、それだけの結果としての高単価になってくる。
今回のプロジェクトで私が学んだのは、妥協のない住宅とは、贅沢品を並べた住宅ではないということです。
住む人の心地よさを中心に置き、そのために必要な設計を、最後まで諦めずに積み重ねた住宅。
それが、伊礼智さんのつくる家なのだと思います。
ということで、「伊礼智コラボ・プロジェクト」のお宅
完成は2027年のGWころです。
もろもろ面白い取り組みもされているので、頃合いを見てお出ししたいと思います。
#####
伊礼さんの業績と業界への貢献(Aiでのまとめ)
独立。以来、住宅設計を中心に活動し、特に「小さくても豊かな家」という思想と「設計の標準化」の実践で、日本の住宅業界に大きな影響を与えています。
核心の思想とアプローチ
伊礼智氏の設計哲学は、「心地よさ」を最優先に据えています。沖縄での原風景(小さな家での豊かな暮らし)から、「家は小さな居場所の集合体」と考え、低めのプロポーション(天井高2100mm程度)、自然素材の経年美化、町並みとの調和(低く開く外観、外部空間のデザイン)を重視。性能(断熱・気密・パッシブデザイン)と意匠の両立を追求し、「性能優先で窓が小さくなり箱のようになる」トレンドへの警鐘も鳴らしています。
代表的なキーワードは「小さくても豊かな家」「プレタポルテな家づくり(高品質を標準化して多くの人に届ける)」です。
主な貢献(住宅業界への影響)
- 「設計の標準化」の提唱と実践
きっかけは2000年代初頭の「ソーラータウン久米川」(OMソーラー搭載分譲住宅プロジェクト)。玄関・階段・浴室・洗面所・トイレなどの部屋単位で仕様・納まりを標準化しつつ、敷地や住まい手の要望でカスタマイズするハイブリッド方式を確立しました。
これにより、コスト・工期の効率化だけでなく、品質の向上と繰り返し改善が可能に。職人の精度が上がり、「安く早く」から「質の高い仕事」へシフトしました。この手法は注文住宅と規格住宅の境界を曖昧にし、多くの工務店に広がりました。
- 「i-works project」の立ち上げと全国展開(2012年〜)
建築家・工務店・メーカーの協業による「プレタポルテ住宅」プロジェクト。伊礼智氏の設計をベースに標準化・パッケージ化し、全国の工務店(40社以上)とメーカー(7社)が施工・提供。i-works 1.0〜5.0シリーズとして展開され、2013年にグッドデザイン賞を受賞。
目的は「建築家の設計を多くの人に手が届く価格で届ける」こと。地域工務店が自ら設計・施工するケースも増え、日本全体の住宅質向上を目指しています。性能と心地よさ・意匠を両立したモデルとして、工務店の差別化ツールとしても機能しています。
- 教育・人材育成を通じた地域工務店の底上げ
2012年より「住宅デザイン学校」学長として、若手建築家や工務店設計士向けに設計力向上の講座を主宰。実践的な知見(寸法・ディテール・プランニング)を共有し、切磋琢磨の場を提供しています。
日本大学や東京藝術大学での非常勤講師歴もあり、講義・セミナー・モデルハウスを通じて全国の地域工務店(アーキテクトビルダー系を中心に)の設計力を底上げ。日本の住宅の多くを担う地元工務店のレベルアップが、業界全体の質向上につながるとの信念に基づいています。
- 著書・情報発信による知見の民主化
設計哲学や具体的な「レシピ」(70のレシピ、Q&A形式の作法、詳細図面集)を多数出版し、オープンに共有。
- 『伊礼智の住宅設計作法』(2009年〜シリーズ)
- 『伊礼智の住宅設計』(2012年、標準化から生まれる豊かな住まい)
- 『伊礼智の「小さな家」70のレシピ』(2014年)
- デジタル図面集など
これにより、伊礼智氏の手法が多くの設計者・工務店に影響を与え、模倣・応用が進みました。自然素材(中霧島壁など)の開発・普及や、町と家の「間」のデザインも広く参照されています。
- 具体的な作品を通じたモデル提示
- 「東京町家・9坪の家」「町角の家」(エコビルド賞受賞):小さな敷地で豊かさを体現。
- 「守谷の家」:標準化の到達点の一つ。
- i-worksシリーズのモデルハウス:全国で体感可能。
これらは「小さくても豊か」「性能と意匠の両立」の好例として、業界のベンチマークとなっています。
総括:業界へのインパクト
伊礼智氏は、建築家の知見を「標準化」により民主化し、地域工務店が主役となって高品質住宅を提供できる枠組みを構築しました。結果として、
- 地域工務店の設計力・提案力向上
- 性能と心地よさ・美しさを両立した住宅モデルの普及
- 「小さくても豊か」という価値観の浸透
に大きく寄与しています。特に、工務店が「設計力で差別化」する動きを後押しした点は、業界構造の変革に影響を与えています。
現在もi-worksの進化や新著書(『新・伊礼智の住宅設計』など)を通じて、活動を続けています。地域工務店や住宅営業に携わる方々にとって、設計標準化や「心地よさのものさし」を学ぶ上で非常に参考になる存在です。
(参考:公式ブログ irei.exblog.jp、i-works-project.jp、各種インタビュー・著書)

