外で雨が激しく降っていると、私は今でも平成16年の「7・13水害」を思い出します。

2004年7月13日、新潟県中越地方を記録的な集中豪雨が襲いました。五十嵐川は三条市曲渕付近で決壊し、濁流が市街地へ流れ込みます。三条市をはじめとする広い範囲が冠水し、新潟県内では2,000棟を超える住宅が床上浸水しました。新潟県の災害記録によれば、避難者は一時約1万8,700人に達し、亡くなった15人のうち12人が70歳以上でした。
本成寺・四日町周辺は道路が冠水し、バイクや徒歩でも近づけない状態でした。周囲の水位が急激に上がってしまえば、避難所へ移動することもできません。平屋に住んでいた、ある高齢者世帯は、上階へ逃げることができず、押し入れの棚の上で三夜を過ごし、自衛隊に救助されました。
当時の状況を記録したブログを読み返すと、平屋には「上へ逃げる場所がない」という、普段は意識されにくい弱点があることを改めて思い知らされます。
平屋の便利さと、災害時の弱点
近頃は、平屋の住宅が人気です。
階段を上り下りしなくてよい。家事動線を短くしやすい。老後も1階だけで暮らせる。庭とのつながりもつくりやすい。こうしたメリットは確かにあります。
しかし、「老後に楽だから、平屋が一番安心」とまでは言い切れません。
大切なのは、建物の流行や好みよりも、まずその土地にどのような災害リスクがあるかを知ることです。
洪水ハザードマップを確認して、想定浸水深が1メートルを超える土地であれば、平屋が本当に適しているのか、慎重に考えた方がよいでしょう。床の高さを少し上げる程度では、対応できない可能性があるからです。
想定浸水深が2メートル、あるいはそれ以上になる地域もあります。そのような土地では、2階建てにして垂直避難できる場所を確保することに意味があります。
さらに一歩踏み込めば、2階にリビングやキッチンを配置する考え方もあります。1階が浸水しても、少なくとも人命と生活に必要な物を上階へ退避させやすくなります。非常食、飲料水、携帯トイレ、蓄電池なども2階に保管しておけば、救助を待つ間の安全性は高まります。
2階リビングは地震対策とも相性がよい
2階リビングの家は、耐震設計の面でも有利な構成にしやすい傾向があります。
地震に強い家をつくるうえで重要なのは、1階に必要な量の耐力壁を、偏りなく配置することです。ところが、一般的な1階リビングでは、LDKを広いワンルームにしたり、庭に向かって大きな窓を設けたりするため、1階の壁が少なくなりがちです。
一方、2階リビングにすると、1階には寝室、子ども室、収納、水回りなどが配置されます。個室を仕切る壁が増えるため、1階に耐力壁を確保しやすくなるのです。

水害時の垂直避難と、耐震上重要な1階の壁量確保を両立しやすいという点で、2階リビングは低地における有力な選択肢の一つです。
水害リスクのある土地は、地盤にも注意する
洪水リスクの高い低地は、河川が運んだ砂や粘土が堆積してできた土地であることが多く、軟弱地盤である可能性も高くなります。
軟弱地盤では、地震の揺れが増幅されやすく、場所によっては液状化のリスクもあります。したがって、ハザードマップだけでなく、昔の地形図や土地条件図なども確認したいところです。
水害と地震は別々の災害ですが、土地の成り立ちを調べていくと、両方のリスクが重なっていることがあります。
だからこそ、土地に合わせて建物の形を決めなければならないのです。
同じUA値でも、平屋と2階建ての燃費は同じではない
もう一つ、あまり知られていないのが冷暖房エネルギーの違いです。
同じ床面積の平屋と2階建てを比べると、一般に2階建ての方が屋根と床の面積を小さくできます。建物の容積に対する外皮面積が少なくなり、熱が逃げる面積も減るため、コンパクトな総2階の方が冷暖房負荷を抑えやすいのです。
ところが、UA値だけを比較すると、この違いが見えにくいことがあります。
UA値は、住宅全体から逃げる熱量を外皮面積で割った「外皮1平方メートル当たりの平均値」です。同じ断熱材や窓を使用すれば、平屋と2階建てで近い数値になります。
しかし、実際の熱損失量は、UA値に外皮面積を掛けたものです。

つまり、UA値が良くても、外皮面積の大きい平屋の方が、住宅全体から逃げる熱量は増えやすい。UA値だけを見れば同等の断熱性能に見えても、冷暖房に必要なエネルギーまで同じとは限りません。
「平屋が人気」ではなく、「この土地に何が合うか」
平屋そのものが悪いわけではありません。
水害リスクの低い土地であれば、平屋の暮らしやすさは大きな魅力になります。反対に、深い浸水が想定される低地では、2階建てや2階リビングの方が、命を守るうえで合理的な場合があります。
7・13水害では、決壊地点から約1キロしか離れていないにもかかわらず、床上浸水を免れた住宅がありました。その敷地は、周囲より1メートル以上高くなっていました。およそ200年前から人が住み続けてきた農家の敷地で、昔の人は、堤防が切れたときにどこまで水が来るのかを経験として知っていたのでしょう。
住宅の安全性は、建物の性能だけで決まるものではありません。
どこに建てるのか。地盤はどうか。水はどこから来るのか。どこへ逃げられるのか。その土地を読み、その条件に合った建物の形を選ぶことが、家づくりの出発点です。
流行しているから平屋にする。老後に便利そうだから平屋にする。それだけで決めるのではなく、水害、地震、暮らしやすさ、構造、冷暖房エネルギーを総合的に考える。
平屋と2階建てのどちらが正解かではありません。
「この土地と、この家族にとって、どちらが正解なのか」
そこまで考えて決めるのが、本来の住宅設計だと思います。

