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みのさんぽ。Vol1「北方文化博物館」

語り継ぎたくなる新潟の文化「北方文化博物館」

 

先日、社員みんなで“大人の遠足”へ行ってきました。
名付けて”みのさんぽ。”

向かった先は、新潟の歴史と文化が息づく「北方文化博物館」です。

豪農の館として知られる旧伊藤家。
ガイドさんから「昔は敷地内を歩いて弥彦まで行けた」といったお話があり、その広さに驚きました。

まずは食休み

到着後は、館内のお食事処でひと休み。
素材の味を生かした、バランスの良い献立はどれも優しい味わいで、とてもおいしかったです。

窓側の席が気持ちよくておすすめです。

農地改革の危機と運命的な出会い

食事を終え、まず初めにガイドさんからお庭の見どころをご案内していただきました。

日本一と言われたこともある大藤。

数年前の大雪で根元から折れてしまうという被害にあったようですが、なんとか復活し、藤棚も豪雪にも耐えられるよう強化したようです。

80畳ほどの大藤ですが、たった1本の木から広がっているので大迫力です。

満開の時期はライトアップもされ賑わうとのことでしたので来年は満開を狙って来たいです。

そんな危機を乗り越えた大藤ですが、伊藤家もある危機を直面にしました。

第二次世界大戦後、農地改革により、当時の当主であった7代目文吉は、屋敷の解体や没収という危機に直面します。

そんな中、終戦直後に財産調査のため伊藤家を訪れたラルフ・ライト中尉は、大学時代に文吉と交流があった人物でした。

そのご縁もあり、ラルフ・ライト中尉は伊藤邸を価値ある文化遺産として「日本人のために残すべきもの」と評価し、保存に向けて大きな支援を行ったそうです。

歴史ある建物は、建てられた当時の技術だけでなく、それを守ろうとした人々の想いによって、今の姿が受け継がれているのだと感じました。

私がこの建物を見ることができたのは、長い歴史の中で、多くの人の想いによって残されたことを知り、改めてすごい場所だと思いました。

 

主屋棟

続いて、建物の案内をしていただきました。

主屋棟は明治時代に建てられた重厚感のある邸宅です。

増築を重ね、使用人も60人ほどかかえていたため、一日3俵のご飯を炊いていたそうです。

かまどや囲炉裏などで黒くなった梁を見ると、人が生活していた痕跡があり、当時は多くの人が行きかって賑わっていたのだと想像させられます。

 

 

 

この庇を支えるまっすぐに伸びた大きな杉の丸太は、今回の中で個人的に一番印象に残ったものです。

新潟で採れたものではなく、会津から阿賀野川を利用して運ばれてきたものだそうです。

さらに、川から伊藤家まで運ぶ際は、道がまっすぐではなかったため、道中の家を少し削りながら搬入したというエピソードがありました。

今では考えられないような発想に驚きつつも、だからこそ貴重なものにも感じました。

 

圧巻の大広間

約100畳ある大広間は圧巻で、入った瞬間に目の前に広がる庭を見ると、思わず黙り込んでしまいました。

・・・かっこいい!!

あまりの美しさに、自然と全員が正座になってしまい、
その姿を見たガイドさんが「皆さん全員正座になる姿は初めてです」と笑っていました。

庭匠・田中泰阿弥が5年の年月をかけて手がけた庭園は、建物との調和がとても美しく、外の空間が建物に与える影響の大きさを感じました。

庭を引き立てるように考えられた窓まわり。
建物と庭、それぞれが存在するのではなく、一つの空間として完成しているように感じました。

6月の初旬は季節が良く、どの場所にいても気持ち良いです。

8代目文吉が父から受け継いだ「心のご馳走を求めて」という言葉の意味を感じられた気がします。

最後に

私が今回訪れて一番感じたことは、「庭と建物を一体として考える」ということでした。

「家庭」という言葉にもあるように、庭と家は昔から深くつながっているのだと言葉の意味を体感しました。

 

外から建物を眺めたとき、室内から外の景色を見たとき、庭が建物に与える影響は大きいです。
建物と外構が自然となじみ、心地よい空間になるような設計をしていきたいと再確認ました。

写真だけでは伝わりきらない魅力がありますのでぜひ実際に足を運び、その空間を感じてみてください。

林 彩夏
設計

林 彩夏

設計部 二級建築士 

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