鎧張りの杉板に覆われた山小屋のようなA邸は、新潟市秋葉区の南東部にあり、家のすぐそばには能代川が流れている。
土手から続く原っぱにぽつんと佇むその姿は、東京出身の奥様が長年憧れていた、田舎の住まいを具現化したものだ。
玄関がある下屋部分は、そとん壁という塗り壁仕上げ。
その柔らかい表情も自然豊かな風景によく似合っている。
西側に秋葉丘陵を背負い、東側に菅名岳や五頭連峰を眺める立地で、家は景色がいい東へと開いている。
この家に暮らすのは、Aさんご夫婦と大学生の長男、専門学校生の次男、そして年が離れた今年4歳になる三男の5人家族。
どのようにしてこの土地に家を建てるに至ったか、その経緯を伺った。
新潟出身のご主人と結婚し、東京からIターン
「私は東京で生まれ育ったんですが、人混みが苦手で、二十歳くらいから田舎暮らしに憧れがあったんです。
専門学校生の頃、友達が地方の実家に帰省するのがすごくうらやましくて、富山県出身の友達が帰省するのについて行ったこともあります(笑)。
そこに着くと、開放感があって空気がきれいで、夜になれば星がたくさん見えて。こういうところにいつか移住したいなあ…と思っていました。
専門学校を卒業して、原宿のサロンで働いていたんですが、混みあう通勤電車に乗るのが嫌で、実家の笹塚から自転車で通っていました。
ちなみに、私が住んでいた笹塚も都会ではありますが、商店街があって、みんなが顔見知りだったりして居心地が良かったんです。そこで自分のサロンを開き、お客様と1対1でゆっくりと仕事をするようになったんですが、その働き方が自分には向いているなあと実感しました。
主人と出会ったのは10年くらい前で、私は長男と次男を育てるシングルマザーでした。二人で初めて食事に行った時に彼が、『自分は長男だから新潟の実家に帰るんだ』と言って、新潟に戻る準備を始めていたんです。
特に家業をやっているわけでもなく、家を継ぐように言われていたわけでもないので、すごいな…と思って話を聞いていました。
その後お付き合いをするようになり、主人は新潟に帰って行ったので、私は月に1回新幹線で東京から新潟に会いに行っていたんです。初めて磐越西線の新関駅に降り立った時、人がいなくてなんていいところなんだろう…!と思いました。
でも主人は私とは逆で、都会暮らしが好きだったので、新潟に帰ってからだんだんと元気がなくなっていったんです。それで、子どもたちと一緒にこっちに来て結婚することを決めました。
はじめは、うちの親にも主人の親にも反対をされていたんです。私の親は、ずっと東京で暮らしてきて、地方には住めないんじゃないかと心配していて。
主人のお母さんも、急にこっちに住むのは大変だから、まずは中央区や西区、東区の方が子どもたちもなじみやすいんじゃないかと、アドバイスをしてくださいました。そうして7年前に主人と結婚し、西区で一軒家を借りて暮らし始めたんです」(奥様)。
住宅雑誌で見つけた田舎暮らしに共感
西区での暮らしが始まったが、その時には、次男が高校を卒業するタイミングでご主人の地元である秋葉区へ移ることを決めていたという。
「オガスタさんのことを知ったのは、去年閉局したFMPORTのモーニングゲートというラジオ番組がきっかけでした。いつも朝の通勤時間帯に車の中で聞いていたんですが、そこで登場された代表の相模さんの話が面白かったんです。
それから、住まいネットという住宅情報誌の表紙になっていたオガスタさんの『柳沢の山荘』の家がすごく印象的でしたし、色々な住宅を見ていく中で私が好きな家のほとんどがオーガニックスタジオ新潟の阿部さんが設計した建物でした。それで、『家を建てるならオガスタにしたい!』と、主人に話していたんです。
(『柳沢の山荘』のオーナー小林悠さんのインスタグラムでは、自身の田舎暮らしの様子が紹介されている。)
一方、主人の関心は断熱性能にあり、UA値などを気にしていました。オガスタさんのことを調べながら性能面も大丈夫と思いつつも、まずはS.H.Sさんの中にある住まいネットカウンターで相談することにしたんです。そうしたら、そこで薦められたのもオガスタさんだったんですよ」(奥様)。
その後、オーガニックスタジオ新潟のモデルハウスを訪問すると、そこで対応してくれたのが設計の阿部誠治さんだったという。
「私がいいなと思っているおうちをつくってる人が来たー!ってなりました(笑)。そこで阿部さんとお話をしたんですが、家よりも食べ物の話で盛り上がりましたね。そういう話をすることで、かえって自分たちの生活スタイルを分かってもらえましたし、趣味嗜好が似ていて共感する部分が多かったことが阿部さんにお願いする決め手になりました」(奥様)。
土のついた野菜もおける、広い土間空間
そうしてオーガニックスタジオ新潟との家づくりが始まったが、選んだ敷地はご主人の実家で所有していた川辺の土地だった。
「以前は実家の方で駐車場や資材置き場として貸していた土地で、280坪のうち150坪を文筆してもらいました」とご主人。
その大きな土地に、小さな家を建てることにしたという。
「主人の実家は続き間がある昔ながらの大きな家で、そのため冬はとても寒いんです。一方、私の実家は4階建てで、洗濯物を干す場所が屋上だったので、いつも階段の上り下りが大変でした。それに、今、一番上の子が大学4年生で、これから巣立っていくタイミングですから、自然と物を削っていく生活になっていきます。物が増えるのも嫌なので、収納もあまりない家を希望しました」と奥様。
そうしてつくり上げたのが、ボリュームを抑えた山小屋のような住まいだ。
延床面積は約28坪。2階には4.5畳の個室が2つとトイレがあるのみで、生活の中心は1階だ。
玄関ドアを開けたところは奥へと伸びる4.5畳の土間空間で、ご主人の実家からもらう土のついた野菜を置けるように土間は広くとっている。
あえて造作棚を付けていないのは阿部さんからの提案。靴棚やキャンプ道具、芝刈り機などが置かれているが、必要に応じて物の配置を変えられる自由度の高さを重視している。
キッチンに近い奥側はパントリーとして使うなど、がらんとした土間空間には用途を選ばない大らかさがある。
その玄関からは、廊下や玄関ホールを介することなくリビングに繋がる。
建具は設けられているが、格子戸を使っているため、目隠しをしながらも風がよく通り抜けて気持ちいい。
リビングを中心に水回りや個室をレイアウト
この家の中心となるリビングは3間(5.46m)×4間(7.28m)の長方形で、24畳の広さを持つ。
床面積の4割を占めており、このリビングを中心に、ウッドデッキ、水回り、寝室、トイレ、玄関が配されており、さらに吹き抜けで2階までが一続きになっている。
リビング階段は「子どもが帰宅後にただいまも言わずに部屋に入らないようにしたい」という理由から選ばれることが多いが、A邸の場合はそもそもリビングがあらゆる部屋へと繋がる起点になっているため、どこへ行くにもリビングを経由するつくりになっている。
これは一部のドラえもんファンにしか理解しがたいたとえではあるが、円形リビングを中心にいくつもの個室が配された「キャンピングハット」という秘密道具の構成に似ている。
風景を眺めるⅡ型キッチンで料理を愉しむ
このリビングの中でひときわ目を引くのが、造作のⅡ型キッチンだ。
壁側には幅約2mのキッチンがあり、揚げ物や炒め物をした時に跳ねた油が周囲に広がらないよう、ガスコンロはこちらに設けられている。
シンクが付いているキッチンは幅2.1m×奥行0.85mのアイランド型で、両サイドから入れるのがとても便利だという。
奥様は社会に出てから美容師の仕事をしてきたが、7年前に新潟に移住したのを機に美容師を辞めて、飲食業界で新しいキャリアを積み上げてきた。そんな奥様にとって、キッチンの優先順位は高く、ネットやインスタグラムで調べていく中で理想の形を見つけたという。
「外を眺めながら料理できるのが気持ちよくて、ずっと料理をしていられます」と奥様。
広いワークトップは、でき上がった料理を並べるのにも都合がよく、快適に作業ができるという。
大皿を並べても余裕のあるワークトップ。(写真提供:Aさん)
毎朝のお弁当作りも奥様の楽しみになっている。(写真提供:Aさん)
パンの発酵待ちも楽しい時間に
薪ストーブも奥様が外せなかったものの一つ。
リビングのコーナーに置かれているのは、広いガラス面が特徴的なネスタ―マーティン社の薪ストーブで、その後ろには独特の色ムラがあるスクエアタイルが落ち着いた雰囲気を醸し出している。
「実家ではずっと薪風呂を使っていて、薪は実家の方で保管しているんですが、今後庭に小屋をつくって薪を置けるようにしたいですね」(ご主人)。
入口側に目を向けると、景色を眺められるように心石工芸のソファが配されており、寝転んでゆったりと過ごすことができる。
「この家に住んでからパンも焼くようになりました。以前は発酵を待つ時間が嫌だったんですが、今はソファに座って待っている時間も楽しんでいます」(奥様)。
奥様が焼き上げたベーグル。(写真提供:Aさん)
暮らしながら庭と畑づくりを
約2間幅の大きな引き違い窓の先にはウッドデッキが伸びており、そこものんびりとくつろげる場所。
庇が伸びているので、雨が降っても窓を開け放しておけるし、そこで野菜の下処理をしたりと縁側のような使い方もできる。
デッキで山を眺めながらソラマメの皮むき。(写真提供:Aさん)
ただ、田舎暮らしは楽しいことばかりではない。
「とにかく雑草の伸びるスピードが速いですね。葦がどんどん伸びてくるんですが、地中に太い根があるので抜いてもすぐに生えてくるんです。休日に草刈り機で雑草を除去するのが、この家に暮らし始めてからの習慣になりました。自然の力に翻弄されていますが、負けずに頑張りたいですね」とご主人は苦笑いする。
一方の奥様は「雑草対策のためにまずはシロツメクサの種をまきましたが、他にもどんな植物をグランドカバーにしていこうか考えているところです。粘土質であまりいい土ではないんですが畑も始めたいですね」と、目を輝かせる。
大変なことも受け入れつつ、楽しみながら向き合うのが奥様流の自然との関わり方。
「私は外から来た人間ですが、ここでは、知らない人でも道ですれ違えば挨拶をしてくれますし、地域の人にとてもよくして頂いています。秋葉区で新しい仕事も見つけましたので、早くこの土地になじめるようになりたいですね」と奥様。
街を少し離れれば、山や川、畑や田んぼがそこかしこに広がる新潟県。
土地の価値を計る尺度として利便性が挙げられるのが一般的だが、田舎の土地にはそのような尺度では計れない魅力があることを、東京で生まれ育った奥様が気づかせてくれる。
写真・文 Daily Lives Niigata 鈴木亮平
「川の畔の小さな家」小口の家
延床面積 94.54㎡(28.60坪)
家族構成 夫婦+子ども3人
竣工年月 2021年4月