聖籠町次第浜。
海沿いに広がる松林を眺められる住宅街で、広めに区画割りされた土地にゆったりと家が並んでいる。
そんな次第浜の中でも最も海に近い、松林の目の前の角地をSさん夫婦は購入し家を建てた。
アメリカ西海岸スタイルのフォルムに、白く塗装した杉板の外壁が特徴的なS邸。窓回りの水色がアクセントだ。2015年の12月に完成した家は、約4年の歳月を経て味わいを増している。
Sさん家族は、ご主人と奥様、そして、この家が建った翌年に生まれた3歳の息子さんの3人暮らし。ご夫婦共に新潟東港にある同じ会社に勤めており、共に貿易関係の仕事をしている。通勤時間は車でわずか10分程度だ。
元々はサーフィンやSUP(サップ、スタンドアップパドルボード)をライフワークとするご主人が、海に近いこの場所で一人で住むための平屋の計画を立てていた。
その後結婚することが決まり、2人で暮らせるようにと2階建てのプランに変更したという。
「ここに住む前は、村上市の旧荒川町から聖籠に通っていましたが、当時は年間350日くらい海に入っていました。会社に行く前に海に入って、ウェットスーツを会社で干すのが日常でした」とご主人は笑う。
家を建てた80坪の土地は村上からの通勤途中近くにあり、3年間かけてこの地域の風の強さや雰囲気を調べた上で決めたという。土地の坪単価が5万円というリーズナブルさも魅力だ。
場所柄、釣りやサーフィンを趣味とする人が次第浜へと移り住んでくるケースは珍しくないそうだ。
SUPの板が置ける大きなポーチのある家
Sさん夫婦がオーガニックスタジオ新潟を知ったのは、ご主人の妹夫婦が2013年にオーガニックスタジオ新潟に依頼し、胎内市で家を建てたことがきっかけだ。
「オガスタさんのホームページに『中条の家B』という名前で出ています。妹夫婦がすごく気に入っていて、おすすめしてくれたんです。それで相談をすることにしました」(ご主人)。
サーファーズハウスを建てたいという希望が明確にあり、依頼時には、雑誌「湘南スタイル」に出てくる家のイメージを伝えた。
「必要だったのが、3m40cmの長さの板を置けるポーチでした」とご主人。玄関横のポーチは大人が数人集まって過ごせる広さがあり、SUPの大きなボードが置かれている。
そのすぐ目の前には松林の緑が広がっており、別荘地さながらの雰囲気が漂っている。
「デッキで朝ごはんを食べたり、夜に月を眺めながらお酒を飲んだり、休日に子どもとここで遊んだりもします」(ご主人)。
「広いのでシーツを干すのにも便利ですし、松林が海風や西日を遮ってくれるので、快適に過ごせるんですよ」と奥様。
デンマークのヴィンテージ家具が似合うリビング
玄関ドアを開け土間に踏み込むと、廊下はなく、そのすぐ目の前がもうリビングだ。
時間の経過と共に色と艶が深まったボルドーパインの床には、ハンス・J・ウェグナーの一人掛けのソファをはじめとしたデンマークのヴィンテージ家具が並ぶ。
「設計の阿部誠治さんがブログでウェグナーの家具を紹介しているのを見て、家が完成する前に新発田のForesight (フォアサイト)さんで買いました。自分と同世代の1960年代の家具ですね」(ご主人)。
「図面に家具を入れて打ち合わせを進めましたね」と話すのは、S邸の現場監理を担当したオーガニックスタジオ新潟の小林秀昭さん。
小林さんと、膝の上に乗るSさんの息子さん
「設計担当と話しながら、サーファーズハウスだからと言っても、あまり狙い過ぎたデザインにしないことを意識していました。また、いい家具を選ばれていたので、造り込み過ぎない方がバランスのいい空間ができ上がると考えました」(小林さん)。
そうして完成したのが、オーガニックスタジオ新潟のニュアンスが漂う、装飾を抑えたサーファーズハウスだ。計画通りに家具が映える落ち着いた空間となった。
間仕切りがほとんどない開放的な家
仕切りがほとんどない1階はリビングとダイニングキッチンがL字型につながるワンルーム。
建具で仕切られているのは、キッチンと並ぶように配されたサニタリーと浴室。あとは、リビングの奥にある納戸だけ。
さらに2階も勾配天井で繋がっているので、家全体が一つの部屋のようでもある。
内部空間については「開放的な家にしたい」という希望だけを伝え、提案を受けた最初のプランで進めてもらったそうだ。
収納スペースは少なめだが、そもそもご主人は「物を増やさなければいい」という考え方の持ち主。
暖房は断熱した基礎から家全体を温める「床下エアコン」を採用しているが、コンパクトな上に1階と2階が仕切られていないため、家中が快適な室温に保たれるという。
「夏の冷房も床下エアコンでまかなっていて、エアコンの前にサーキュレーターを置くことで2階にも冷気が行きわたるようにしています」と奥様。
小さな家は冷暖房効率がいいため、電気代も安く済むという。
松林を眺めるロフトのような2階
階段を上り2階に着くと、そこにはロフトのような寝室があった。
天井に張られたツガの羽目板や、床のラワン材などの素材感が心地いい。そして、北西側の窓からは松林だけが目に飛び込んでくる。
窓辺にあるのはご主人のミシン。
専門学校でファッションを学んでいたご主人は、その後20年程は東京都内の生地屋で働いていた。
その経験からミシンを操り服を作ることができるという。壁には材料となる生地がいくつも立て掛けられていた。
東京、湘南での暮らしを経て辿り着いた次第浜
コンパクトでありながらも、ゆったりとした住まいは、自然が身近に感じられ、くつろげる。
3歳の息子さんも愛犬のチワワも、家中を駆け回りながら、遊ぶように暮らしている。
ご主人が50歳を迎える少し前につくり上げた理想の家だ。
「40歳くらいまでは六本木や赤坂の会社に勤めていて、20代の頃は都心で暮らしていたんです。当時は賑やかな都心での生活が好きで、毎週末クラブに遊びに行っていました。その後、藤沢に住んでいた弟の影響を受けて、30歳くらいの時に湘南の茅ケ崎に引っ越しをしました。それまではダイビングが好きで、伊豆や小笠原、サイパンやモルディブに行っていたんですが、その頃にサーフィンを始めました。その次は、鎌倉に引っ越しをして、40歳を過ぎた頃に新潟に戻ってきました。この土地やこの家での暮らしは、湘南で見てきた憧れそのものですね。場所の雰囲気は葉山に似ている感じがします」(ご主人)。
経年変化した家を見て回るご主人と小林さん。不具合が出ていた建具は、取材中に小林さんが速やかに直していった。
現在はSUPがメインで、海に入る日も年間50日程度に減ったという。「今はいい波が来ている時だけ海に入るようになりました。家の外に出れば、聞こえてくる波の音でコンディションが分かるんです。この音ならオフショアでいいぞと思って海に行くと想像通り。一方、家の中にいても波の音が聞こえるようだったらアウト。波情報の有料サイトは見なくなりました」。
また、50歳を迎えた年からランニングを始めたという。今は新潟市で行われるフルマラソンやハーフマラソン、胎内市の櫛形山脈で行われるトレイルランニングの大会に出場する。
週5日間のランニングがご主人の日課だ。
海辺の環境を楽しみながら暮らす
高校時代はサッカー部に所属し、ずっとスポーツを続けてきたアクティブなご主人だが、奥様はサッカー観戦好き。2006年のドイツW杯や2014年のブラジルW杯にも観戦に訪れる行動力を持つ。ご主人の影響もあり、ロングボードでのサーフィンもする。
自然豊かな土地に住み、その恵まれた環境を愉しむことがSさん家族のライフスタイル。夜は9時に消灯するという。職場も近いので、日々の通勤にストレスを感じることもない。
夏の休日には、近くの海でシーカヤックに乗り、息子さんとツーリングもする。
家に対しての神経質さも皆無で、ただただこの家にはリラックスした時間が流れていく。
散歩が大好きな愛犬と一緒に夕方に海辺へ行くのも日課だ。
日没時に、いつもの散歩コースに連れて行ってもらった。
あいにくの曇り空で11月の海辺は肌寒かったが、どこまでも広がる海と空が気持ちいい。水平線の向こうには佐渡島も見えた。
今後この家でどのように暮らしていきたいかを質問した。
「住み始めた時の満足感がずっと続いています。このまま暮らしていきたいですね。ただ、息子が大きくなったら部屋が足りなくなるので、隣の敷地を買って小さな小屋かトレーラーハウスを置きたいなと考えています」とご主人。
一見、不便そうにも見える郊外の暮らし。しかし、Sさん夫婦にとっては最良の土地だ。
大切なのは、自分たちが何が好きなのかを分かっていること。
それこそが、生活の満足度を高めてくれる住まいづくりにつながることを、Sさん家族の暮らしから学ぶことができる。
写真・文 Dairy Lives 鈴木亮平
S邸
聖籠町
延床面積 97.50㎡(29.50坪) 1F 71.06㎡(21.50坪) 2F 26.44㎡(8.00坪)
家族構成 夫婦+子ども1人
竣工年月 2015年12月